千手、千眼。
- 6月6日
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千手観音は子年生まれの守護本尊である。
正式には千手千眼観世音菩薩。
生きとし生けるものを遍く救えるよう、数多の腕を有している。
らしい。
掌にはそれぞれ一眼をもち、あらゆる者を見つけ出し救済する。
らしい。
そんな慈悲の力で衆生を救う姿勢から『蓮華王』とも呼ばれる。
らしい。
"らしい"としか言いようがない。
会ったことは勿論ないし、確かめようがない。
全ては噂のような口伝や本で読んだ話ばかりだ。
仏像は好きだし云われも興味深いが、それは芸術品としての魅力であって、仏様に対する信仰は皆無に近い。
随分と都合のいい仏教徒、それが私である。
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一方ねずみは、なんとも愛おしい奴らである。
『ネズミ算式』という言葉があるように繁殖力が強く、とにかく増える。
寿命はかれこれ2年程度。
七福神で有名な大黒天のお使い。
らしい。
古事記では大国主を救ったりもした。
らしい。
左甚五郎はなんてことない木片からねずみを彫り出し、それはちょろちょろと桶の中を動き回っていた。
らしい。
実際に目撃したわけではないから、確かめようが(ry

きゃつらは弱肉強食の自然界において、被捕食者代表である。
猛禽類をはじめ肉食の動物は皆、一度くらい食していることだろう(激しく偏見)。
切り取って言えば『自らの犠牲が、他人の糧になる』わけである。
それが可哀想だとか、ひいては善だの悪だのと思うわけではない。
そういう世界だから、というのも違う気がするけれど。
そうなのだから、仕方がない。
"遍くを救う蓮華王"が"子年の守護"というのは、なんとも皮肉に思える。
なんて酷くどうでもいいことを考えてしまうから、寝付けない夜は不憫である。
さっさと眠っててしまいたい。

今日もきゃつらを揉みしだき、可愛いがる。
六道輪廻からの解脱に、きゃつらの尾が少しでも届くように。
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